Michiko Kitamura

万物を根源から科学し、創造する北村道子。

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「洋服のことなんてわからないから」と口癖のように言うスタイリストの北村道子。バナナはエクアドル産、午後4時以降は食べない、歩く時はかかとから足をつけ、極力膝を伸ばすなど、こだわりをあげればきりがない。その1つ1つにはきちんとした理由がある。彼女の鋭い観察力と洞察力、ユニークな視点が垣間見えるので、「なぜそうするのですか?」と聞くのがいつも楽しみだ。この日も、映画、音楽、サイエンス、シューズやソックスについて思いのまま語ってくれた。

Photography by Reiko Touyama
Text by Aya Tsuchii
Edit by Akira Takamiya

 彼女のエネルギーの強さには毎度驚かされる。そして稀な経験の数々は、聞いていてワクワクした気持ちになると同時に何日も脳に残る。独自のスタイル哲学を貫き、エディトリアルや広告のスタイリング、『双生児』や『アカルイミライ』など数多くの映画の衣装も手掛けてきた北村道子。彼女の出版物『衣装術』では松田優作とのやりとりも記されている。松田優作がエンディングシーンで着たいと言った服を断った時のこと。松田は「おまえ一週間後にそれよりイケてる衣裳をもってこいよ!」と北村に言い、彼女はコム デ ギャルソンの前身ごろが二つくっついているジャケットを彼に用意した。「それを見て、松田優作は降参したの。それから松田優作との距離は縮んだ」のだと言う。映画界のレジェンドに真っ向から立ち向かう話にはとても惹きつけられた。この日もマーティン・スコセッシやタランティーノといった名監督との楽屋トークや思い出話から始まり、マサイ族の羊飼いにプロポーズされた日のこと、子供のおしめをルイ・ヴィトンのトラベルバッグに収納し、「さあ君たち、今日はどれにしよう!?」と選ぶ楽しさを堪能していたこと、DJピーター・バラカンのセンスの良さや彼を介してファンであるティグラン・ハマシアンを知ったことなど、どれも聞いていて飽きない。中でも一番衝撃だったのは、スティーブ・ジョブスが亡くなった2011年10月、彼女も命を落とす危機に瀕していた。「熱中症で倒れて1日に15kg近く体重が落ちてしまったの。幸運にも友達が見つけてくれて救急車で搬送されて。友達が病院に集まって名前を呼んでくれて、意識が戻ったのよ。3か月点滴して、なんとか元気になった。ジョブスの悲報はラジオで知ったの。こんなところで寝ていちゃいけないって思ったわ。そうしたら、病院の人たちがここで入院しながら、できる仕事をやりなさいって言ってくれたの」。その経験から、医療や健康への興味により拍車がかかった。「何とか生き残ったし、今でも親くん(写真家:鈴木親)とファッション撮影できるようになって。こうやってインタビューを受けて新しい関係も生まれて。生きるって出会いの連続で楽しいわ」。




 最近彼女が体験したのは、東京大学名誉教授・小林寛道先生が開発したジムでのトレーニング。「小林先生はみぞおちから下を広い意味で脚と考えていて、体幹を鍛えるウォーキング方法を教えているのだけれど、私はそこで3か月間トレーニングしたの。トレーニングマシンがすごいのよ。ゆっくりとした動きで、みぞおちを中心に腰から前に出すように、八の字を描くような歩き方を推奨している。小林先生が南カリフォルニア大学で学んでいる時に、カール・ルイスのデータをもらったら、体幹がとても素晴らしいことを発見したんだって。それでこの方法を考案したそうよ」。

 靴下やシューズの場合ももちろん、自ら探し続けて、納得のいくものを見つけて愛用する。靴下は綿素材の5本指ソックスが定番だ。5本指ソックスはさまざまな用途に応じて進化していて、今となってはサッカー選手やマラソンランナーなど、多くのアスリートが5本指ソックスを愛用している。彼女は異素材をミックスして開発されたランニング用やアスリート用を履くと足先の引き締めがきつく、靴下もだんだん縮んでいくので苦手だと話す。「外国人でもアスリートでも今では5本指のソックスを履くようになっているのよ。そもそもどうして地下足袋のような形が昔から存在していたのか。そこまで辿ると面白いわ」。また近年世界的に注目されている足袋についても、ファッションと人間科学という彼女ならではの視点から考察している。「マルジェラのタビシューズは現在ではファッションの定番として認知されているけど、本来は日本文化にあった工芸品のようなもの。マルタン・マルジェラ本人が実際に足袋を見てとても感動して、彼のデザインに取り込んだの。その際に彼が選んで使用した皮はコットンのようにしなやかだった。そこがファッション以上のデザインとなった所以だと思う」。





 そしてカラーはイエローやレッドなど、カラフルなものをチョイスする。靴下に限らず、彼女は黒を身につけない。「黒い糸は自然には存在しないから全て染めて作られている。白もすぐに汚れるから選ばない。イタリア人なんかはよく素足かカラフルな靴下を履いている。レースアップの革靴からカラフルな靴下が見えると、ハッと目を奪われて、とてもきれいだなって思うの。周りを見渡すと、日本人で綺麗な色の靴下を履いている人って少ないでしょう? だから履くのよ」。そして、色がもたらすさまざまな効果についても教えてくれた。「ゲーテの色彩論で学んだのだけれど、色の組み合わせに肉体は反応を示す。色の組み合わせで肉体のどこが喜ぶかって話。赤は火をイメージする色でもある。暖かい飲み物を見てみると、『HOT』のマークは赤で記されているでしょ。冷たいものは青よね。ものの記号を判断するのは脳なの。その後に五感がつられて反応する。人は色を心と体で感じているということ。世界のアスリートのために洋服を作っているスポーツブランドなどはみんなこの色彩論を参考にしている。ジョン・ガリアーノが手がけたマルジェラの靴もすごく計算されている。ショーピースだから売らないのが残念だけど、靴の中を見ると親指の指先だけ黄色とかになっているのよ。これからは、内側が大事ね。外はブラックの方が楽だけど、内側には効果的な色をつける。昔の男性が着ていた羽織みたいなものね」。“内に色を纏う”とは、パーソナルであり、自分だけの秘めた魅力を隠し持っているようで、なんて惹きつけられる発想だろう。





 健康に生きるために毎日衣服を身に纏う。着る服に明確な意味と効果を持たせ、無駄なものは排除する彼女の考えにも、マルタン・マルジェラがかつて実験的に行っていた解体と再構築の精神が根付いているように聞こえる。「ファッションって面白いでしょ。冷えという1つの問題を解決するためには何億年も辿って、進化の過程に目を向ける必要があるの。つまりサイエンスなのよ。私ね、サイエンス・ファッションマガジン作りたいの。そこで冷え性や、色がもたらす効果などを取り上げたい。洋服に関してはよくわかんないんだけど、文学やサイエンスなど、ほかの分野には長けているのよ。私がお世話になっている先生もハツカネズミを使った解剖研究を経験したそう。実際、今でも動物実験をしている学部は今でも存在する。体のつくりに興味のある人たちはたくさんいるから、そのマガジンでは、ファッションパートを鈴木親くんに、サイエンスパートをシュン(写真家:荒井俊哉)に撮って欲しいわね。生物学的なメッセージを込めたイメージの隣にファッションフォトを並べたら最高じゃない。筋肉美な馬の隣のページにトム・フォードのレザーバッグとかね。そしたらスニーカーとソックスももちろん、トピックの1つになる。アスリートとブランド、専門家が協業して、アスリートのデータを記録して、技術に活かしていくの。アスリート本人を撮るのはもちろんだけど、着ている洋服を編んでいるところやゲージがどうやってできているのか。製品が出来上がる工程も写したいわね」と、新たな挑戦を口にした。「私、あと10年は生きて、ファッションをやっていたいのよ。そのためには何が必要かって考えると、まずは健康でないと。みぞおちから下を鍛えないといけないわ。あとはアイデアね。常に新しく、面白いことを考えて。写真家や見る人を感動させるためにはどうすればいいのか。『こんなことしてみては?』、『この服とこの靴を組み合わせたら合わせたら?』って。撮影はライブだから、その時その時にものが生まれる。でも制限がかかってしまうときもあって、それではいいものは生まれない。なんでコレクションのルック通りにしなきゃいけないのよ。どこの雑誌にも同じルックの組み合わせが出ているなんて、面白みに欠ける」と話す彼女は、撮影現場にたまたま居合わせたホームレスとモデルを並べた経験や、服を裏返しにして着せたり、ハットに穴を開けて首にかけたりと、その時々に浮かぶ自由な発想を実践する個性豊かなスタイリスト。彼女の持つ特別なアイデアの数々が作り出す独特のイメージは年代を超え、多くの人を魅了し続けている。



 完璧な靴下を探し求め続けている北村だが、まだ彼女を満足させる1足には出会えていないと話す。「完璧な靴下を自分でプロデュースしたいわ。天然の綿素材で、水色から青、ピンクから赤、紫やバーガンディなどあらゆる色を作るの。陳列は丸く円を描くようにとグラデーションを作って、綺麗にディスプレイする。きっと女の子は思わず買うわよ。今日の気分にあわせて色をチョイスしてさ」。彼女のワクワクが聞き手にも伝わってくる。さらに、「首って付くパーツは基本冷えるのよ。だから足首や手首をカバーするもの、それに腹巻きはカシミア100%がベスト。外側はどうってことない色の服でも中に色を隠して着ているなんて、胸が熱くなるわ! 今一番やりたいのはそれね!」と、目を輝かせた。


MICHIKO KITAMURA/北村道子
スタイリスト。1949年、石川県生まれ。サハラ沙漠やアメリカ大陸、フランスなど、世界各地を放浪したのち、30歳頃から映画や広告、雑誌などで衣装を務める。映画衣裳のデビューは1985年、森田芳光監督作『それから』。以後、1995年に作品集『tribe』(朝日出版社)、1999年には写真集『cocue』(コキュ)を発表。『スキヤキ・ウェスタン ジャンゴ』の衣裳で、第62回(07年)毎日映画コンクール技術賞を受賞した。待望の自書伝『衣装術2』(リトルモア)が発売中。